ネット憂鬱症、ネット自信喪失症について

お休みなので、ちょっといつもと違うネタで。

ここ最近、私が気になっていることとして、
「ネットを利用することで憂鬱な気分になったり、自信を喪失したりする人が増えているのではないか?」
というのがあります。

実は、私もそういう一人です。

ちゃんとした精神医学的な病名は知らないので、ここでは、「ネット憂鬱症」「ネット自信喪失症」と仮に呼称します。


まず、「ネット憂鬱症」について。

私もそうなのですが、仕事柄、IT関連のニュース記事などを目を通すことが多いのですが、その合間に、つい他のニュースを読んでしまうことがあります。

そして、そのニュースの大半が、ショッキングな出来事だったり、暗くなるようなニュースばかりです。
おそらく、そういった衝撃的なニュースだったり、感情的になりやすいニュースにクリックされやすくなるような煽りタイトルをつけて、記事化したほうが、ページビューを稼げるからだと思いますが…。

また、現実ではなく、創作だけでで書かれた「釣り」と呼ばれる行為もあり、それを創作だと楽しめる余裕のある人なら良いですが、真に受けて日常生活に悪影響を受けてしまう人もいるかも…と心配になります。

また、稀にソーシャルメディアで見かけてしまう、妬み、嫉み、罵り合い…。

これらには、正直、げんなりしてしまいます。
世の中にはネガディブな出来事ばかりで溢れているかのような錯覚を覚えることがあります。

楽しい出来事を、自分で意識して作ったり、目を向けたりしないと、このネガディブワールドに引き込まれそうで怖いです。

Facebookのように「いいね!」だけでつながる世界もどこか不自然で居心地が悪いと感じる人もいると思いますが、その逆の、なんともいえない「負の出来事・感情だけがモロににじみ出る世界」も、浸りすぎると精神の健康状態が蝕まれるのでは、と危惧します。

このネット憂鬱症、改善するには、先ほどの自らの楽しいことの実践や、技術的なフィルタがあると良いのかもしれません。



もう一方の、「ネット自信喪失症」について。

一言でいえば、
「素人からプロ級のあらゆる創作物が同じ土俵で語られる」
ことが、私は問題だと思っています。
例えば絵が好き、例えば楽器が好き、例えばプログラムが好き…、なんでもいいのですが、一部の例外を除き、最初から上手な人はいません。
何度も何度も経験をして、少しずつ上手になっていくものです。
ところが、ネットには、「プロ級に上手い人」の作品がゴロゴロしています。
まず、それと自分の作品の落差に、愕然としてしまいます。。。

そこを乗り越えて、次に勇気を出して作品を発表したとします。
すると、まったく見る人がいないのはまだマシで、「見る価値なし!」「時間の無駄だった!」「下手だからやめろ」「マジムカツク」…などなど、ボロボロに言われることさえあります。。。
これが自信喪失のプロセスです。

ネット上では、あまりにもすべてのものが平等に可視化されすぎてしまうのです。

そうすると、元々やる気があった人も、次第に自分で創作しようという気が失せてしまいます。

プロの作家でさえ、創作意欲に影響が出てしまうため、ネット上の自分の作品の感想を見ないようにしている、という人もいるようです。

自分で創作する人は、余程のことがなければそれほど他の創作者に対して文句を言いませんが、創作しない人にはその苦労がわからず、批判がどこまでもエスカレートしてしまいます。
(創作しない人・批判する人が、何故か一番偉そうな位置にいると錯覚することさえあります。)

こちらの改善方法は…、実はよい方法が思いつきません。
作品を発表する側は、先程の批判を見ないというのも1つの手ですし、多少の「打たれ強さ(煽り耐性)」を付けることも必要だと思います。
逆に作品に感想を出す側は、どの程度、寛容になれるかだと思います。

作り手側からの「そんなにいうんなら、おまえがやってみろ」はあまりにも詮無い言葉ですし、視聴者側の「俺は客だ、文句があるか」も実に品がありませんからね。

罵詈雑言ではなく、建設的な評価であれば、その人の成長を促すことになります。
お互い、良き作家であり、良き消費者でありたいですね。


「ネット憂鬱症」と「ネット自信喪失症」、いかがでしょうか?
このようなことを自覚されている方はいますでしょうか。

スターウォーズのジェダイではありませんが、
ネットのダークサイドのフォースを引きずられないよう、ライトサイドのフォースを鍛えていきましょう!

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